切羽へ :: 井上 荒野

2020年9月16日

切羽へ

本書『切羽へ』は、新任の教師に心惹かれる養護教諭の女を描いた、大人の恋愛小説です。

この作品は全編が官能に彩られており、2008年の直木賞を受賞している。

九州のとある離島の小学校で養護教諭をしているセイは、画家である夫と平凡な日常を送っていた。そこに石和という新任の教師がやってくる。セイは、そんな石和に次第に心惹かれていく。

「二人の通じ合う際の何気ない所作が」「性よりも性的な、男と女のやりとり」を醸し出す。

何も性的な文章を多用しているわけではないのだけれど、物語の全体を覆う雰囲気は「官能」の衣をまとっていると言う他ありません。

例えば「春の海はなまめかしい匂いがする。」などという表現がそうした印象を醸し出しているとしか言えないのです。

一方で、本書『切羽へ』で描き出されている女性は男には理解不能だと思えます。

例えば本土さんとよばれている妻を持つ男と暮らす月江という女性の生き方は全く理解不能であり、何故にこうした破滅的な生き方しかできないのかわからないのです。

理解できないというのは、私がこうした恋愛小説自体を好まないから、というわけでもなさそうで、似たことを書いた文章を散見したのはそういうことでしょう。

それだけこの作者の表現がうまいということになるのでしょうか。

どちらにしても、これだけの美しいという以外に表現の仕方が分からない文章は久しぶりに会った気がします。