鬼はもとより :: 青山 文平
本書『鬼はもとより』は、侍の生き様を描く長編の時代小説です。
剣ではなく、藩札という経済的側面から侍の生き方を探る、魅力満点の小説です。
奥脇抄一郎は、武芸の路から女遊びにのめり込み、遊び人となっていたが、「なにかをしでかしたはみ出し者」をまとめて設けられた「藩札掛」を命じられ、世話役の佐島兵右衛門(さじまへいえもん)のもと、藩札の仕組みから叩きこまれる。
しかし、兵右衛門の急死により抄一郎が責任者となるが、飢饉に際し藩の重役の藩札の刷り増しの命に逆らい、藩札の原版を持って脱藩してしまう。
その後、江戸に出た抄一郎は旗本の深井藤兵衛(ふかいとうべえ)の知己を得るなかで、藩札板行指南を業とするようになるのだった。
藩札係に任ぜられたものの、飢饉に際して命じられた藩札の増刷を行わず、藩札の原版を持って脱藩をしてしまった、主人公奥脇抄一郎の姿が描かれます。
それも、侍という存在の生きざまを描き続けてきた青山文平の、藩札の発行という行為を通して描く世界です。
これまでも『かけおちる』などで「殖産事業」という経済の観点から見た侍の世界を描いてこられてはいますが、本書『鬼はもとより』はより直接的な藩札の発行という観点からの視点で描かれています。
ただ、作者の意図が不明な点があります。それは抄一郎が女遊びに浸る過去を持つという設定です。
もしかしたら女遊びの設定も意味を持つのだろう親友長坂甚八(ながさかじんぱち)の存在自体が良く分からず、主人公の子の過去がどういう意図を持っているか判りませんでした。
本書の最後の一行も、藩の立て直しの仕法を実行する東北の小藩の執政に絡む女のことで締められるのですから、そこにははっきりとした意図があるのでしょう。
このような若干の不明点はあったものの、やはり青山文平の作品であり、非常に魅力的な作品でした。
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